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ロスメモ A'S二十九話





 空一面に星々が煌いていた。

 感想は唯それだけ。

 その感動を言葉に表すことなんて出来ない。

 誰だってそうだ。

 突如振って沸いた非日常。

 其処に自分の意思は存在せず、ただ流されえたという現実があるだけ。

 そう、わたしはただ流されているだけだ。

 天道鉄矢と言う名の激流に流されている。

 空を踏み、天を見る。

 それが、なんて美しい。なんて麗しい体験か。

 頭の隅で、こんな上空に寝間着一枚で来れる筈が無いといった理性が微かな軋み声を上げているが、そんなもの、この圧倒的な感動と言う名のリアルには遠く及ばない。抱きしめられる、肌の熱さにはかなわない。


「………きれい」 

 様々なこの美しさを称える言葉が浮かんでは消え、残った言葉は陳腐の一言。

 でもそれがこの気持ちを表せる唯一の言葉で、他には何も必要なかった。


「ほら、アリサ………」

 今、誰よりも近い男の子が耳元で囁いた。

 ビクリとする。

 当然だろう。私は今、彼に全てを握られている。

 この天空に上がれたのは彼の不思議な力のおかげだ。

 だから、彼がこの手を離したら真っ逆さまに落ちてしまう。

 そう思うと恐怖が少し湧き上がってくる。

 でも、その恐怖をかき消すようにその声音と抱きしめる腕は優しい。


「来たぞ?」


 声に吊られ、目線をずらす。

 分かっていた。

 白い幻獣

 月の光を浴び眩く輝く天馬

 今宵更なる夢物語へと誘ってくれる存在


「はぁ………きれい」


 二度目の呟き。

 それが、アリサ・バニングスの感じる全てだった。
 




魔法少女リリカルなのはA's ロストロギアメモリー
  
    第二十九話 天道鉄矢の空恐ろしく長い一日(―アリサ編 後編―)




「んで? 前乗る? それとも後ろ乗る?」

「は、え、あな、何?」

 ポーっと見惚れている所に声をかけられて、訳も分からず聞き返す。

 実際、さっきまで鉄矢が何か言っていたのか何も覚えていない。

 何度か声をかけられたような気はするのだけど、意識までは届いていなかった。

「ん? だからイクスに乗るんだろ? 流石にアリサだけ乗せるってのは難しいからさ。俺の前か後ろ、どっちに乗る?」

「あ、あぁ、そっか。うん、そうよね」

 ほわほわと沸騰している様な頭で、少し考える。

(えと、今からこの物凄く大きな天馬に乗って、この雲の草原を駆け回るから、それにどうやって乗るかってことよね)

 ちらりと見る天馬はやっぱり大きくて、でも今は甘えるように鉄矢に鼻を寄せている。

 それはつまり、お姫様抱っこで抱きかかえられているアリサにもすごく近いと言うことで。

(うわぁ、やっぱり凄く大きい。それに凄い筋肉。すっごく速そう。振り落とされないかな?)

 そう考えると

「前、前が良い」

「うん、前の方が景色良く見えそうだしな」

 特に疑問に思うことなく鉄矢は返したがアリサの内心は違う。


(………後ろだと振り落とされそうで怖いから)


 そう思った。

 けど、言えなかった。

 別に言う必要なんか無い。とも思う。

 ただ何となく、こんなに幻想的な場所に連れて来て貰ったのに、そんな相手に強がってしまう自分が………。

「っと、そう言えばすずかは?」

「え゛?」

「だから、すずかよ。元々すずかにこの子に乗せて上げるって言ったんでしょ?」

「あー、うん。そう言えばそうだったな。うん」
 
 そう言って、視線を逸らす鉄矢は酷く罰が悪そうだ。

 どういう事だろう?

「こんな時間だからって言うのは、私のこと連れ出したんだから関係ないとして。これから連れて来るの?」

「いや、行ったよ? すずかの所、先に」

「へぇ、じゃあすずかはもう経験済みなんだ?」

「いや………」

 更にばつの悪そうな顔。

 苦笑とも取れないほどに苦さを感じさせている。

「行ったのに何で連れて来ないの? 私の時みたいに部屋に押し入って………押し入って?」

 ふと思い出される光景がある。

 少し前、確か月村邸で………。

「あ」

「ふ、ふふふ。最近の豪邸って対空ミサイルとか用意してるんダネ。知らなかったよ」

「あー、其処までやるんだ。あの家」

 思い出されるのはその月村邸の【防犯設備】だ。いや、あれをその程度の尺度に嵌めて良いのかは甚だ疑問だが。

「まあ、そう言う訳で見事誘拐に失敗して、逃げ出したわけなんですが」

 以前は、正面からお邪魔しようとして登録されてないという理由でスタンガンとゴム弾の嵐を見舞われたのだ。

 夜中に上空から接敵した鉄矢がどのような目にあったかは想像に難くない。

 HAHAHAHAとやけっぱちになって笑うさまを見れば何となく分かる。

「ま、すずかはあの家から出た時に誘拐しよう」

「誘拐するな」

 ポコッと軽く頭を叩く。

 不思議な感触だった。

 思わず叩いた手を見る。

(?)

 何もおかしな所は無い。

 人の頭そのままの硬さで何も不思議なところは無かった。

 なのにどうして不思議な感触等と思うのか。

 不思議と言えばそれこそが不思議だった。

「んじゃ、ちょっと降ろすぞ?」

「え、うん。って、うんじゃなくて。だ、大丈夫なの? 私あんたと違って空飛べないのよ?!」

「俺だって飛べないよ、浮かんで跳ねる事が出来るくらいで。まあ、カイロス?」

『Yes.My Lord. 足に極弱い【Solid Jump】を付加させます。』

 耳元で言われて更にビクッとした。

 この腕輪(とそれに鎖でつながった指輪)が喋る事は承知していたが、やはり未だに慣れない。

 慣れようが無い。

 だって声が冷たすぎる。

 だって、この鉄の輪は自分の事を何とも思っていない。

「おし、ゆっくり降ろすぞ」

 対して、鉄矢の声は酷く優しい。

 いや、少し、何時もより、もっと優しい?

「あ、うん。ありがと」

 ゆっくりとした動作。

 足元に、雲との境界線上に硬い何かが、いや其処に触れた瞬間に空気が硬くなった?

 そうとしか取れない不思議な感触、それを玩びながらも気になることは、気にかけられる程度に分かることは、鉄矢の様子だけで…。

(猫なで声って感じじゃないし、甘えてる感じもしない。けど………)

「イクス、先にこいつを乗せても良いか」

 抱きとめられていた腕が離れた。

 鉄矢はイクスと呼ぶ巨馬の鼻先に手をやりじっとその翠の瞳をじっと見つめている。 

「ありがとう。悪いなイクス」

 どれだけの時間そうしていたのか、決して長くは無いが、最後に鉄矢とイクスが額を合わせた。

「さ、待たせたなアリサ。捕まれ」

「む………」

 はい、と言って両手をさしだす鉄矢。

 なにこれ、凄く恥ずかしい。

 抱きしめる寸前の伸ばされた両腕、浮かべる笑みには恥じも衒いも無く、喜びに輝いている。

 何が嬉しいのか、決まってる。

(私が喜ぶと思って嬉しいんだ…)

 恥ずかしい、何て恥ずかしい奴。

 こんな奴だったのかと驚愕すると共に嬉しくなる。

(いやいや、嬉しくなるなあたし)
 
「ん? どした?」

 拒まれるとはまるで思わない態度。

 恥ずかしい奴。

 そんな、抱きしめるような格好をするなんて、いかれてるとしか思えない。

 思えない。

 思えないけど、今日は。

 今日だけは、その腕を取らないといけない訳で。

 取らないと、乗れない訳で。

 だから

「きょ、今日だけだからね?」

「は? 何がだ?」 

 その言い草、その本当に何も分かっていないと言う態度、恥ずかしい上にイラッと来る。

 分かってやっているなら最悪だけど。

「んしょっと」

 伸ばされ腕は、頭と腰に回された。

(また、お姫様抱っこ…)

 此れがかなり恥ずかしい。

 相手に自分の全部を委ねている様な錯覚に陥ってクラクラする。

「そ、それにしても………」

 だが、それをいけないと感じて。当たり障りの無いことを言って場をやり過ごす。

 だって何か、空気がヤバイ感じがするから。

 この空気に呑まれるのはまずいと、心のどこかが言っているから。

「あん?」

「ず、ず、ずいぶん簡単に持ち上げるけど、それも魔法の力なの?」

 実際、アメリカ人実業家の両親を持つアリサは日本人の同学年に比べて結構発育が良い。身長も男子に混ざっても真ん中ぐらいはある。

 つまり、九歳児の平均身長ぐらいである鉄矢とは殆ど身長に変わりは無い。

 自重とそれほど変わらない物体を持ち上げるのは中々に骨………。

(いやいや、あたしの方がずっと軽い筈。そうきっと。こいつ、腕とかかなり太いし)

 いや、腕だけじゃない。

 こうして抱きかかえられて、全身で感じると良く分かる。

 腕は太く、胸板は厚い。それでいて、絞り込まれた様な密度が自分とは違う。

 もっと言ってしまえば、全体の完成度は最早自分と同じ人間には思えない。

 更に言い募ろうとしたのだが

「いや、別にアリサは軽いし、魔法を使ってるのは足裏だけだよ。こんな感じに」

 そんな言葉と共に

 ゴッ、という短い衝撃音、続いて天地がさかさまになる!

 こ、怖すぎる?!

 雲の上で反転とか?!

「ウヒャァッ?!」

 驚きの声が上がった。

 そして同時に下方から衝撃。

 音と視界に驚き閉じた目を恐る恐る開ければ、すでに騎乗している。

 だが、それは良い。

 そんなことよりも、もうこれは一言言わなければならない。

「こ、怖いでしょうが!!」

「え?」

「あ、あんたと違ってあたしは、落ちたらって思うとすっごく怖いのよ?!」

「いや、でも」

 まさか怒るとは思っていなかった鉄矢は激しく狼狽する。

 鉄矢本人としては、ちょっとした悪戯、にも満たない背中からワッと声をかける程度の事をしたつもりなのだが。

「なによ………」

 今にも噛み付きそうなアリサの様子を見て、初めて申し訳ない気持ちになってくる。

 調子に乗りすぎた。

「悪い。お前の事をもっと考えるべきだった」

 怒っているだけなら兎も角、泣きそうな顔をさせるつもりなんて、全く無かった。

 今日は本当に、アリサに喜んで欲しいと思ってただけなのに………。

 自分に他人の気持ちを考える能力が著しく欠如している事は、もうかなり分かっている。

 でも、今回のことは良く考えればすぐに分かった筈だ。

 魔法を使えなかった頃を思い返せば良かっただけ、そういう事を泣かせるまでに気づけない事が、駄目なんだろう。

 きっと、色々な事で。

「本当ごめん。怖がらせるつもりは、無かったんだ」

「………それ位は、ちゃんと分かってるわよ。でも、もうやめてよね?」

「うん、宙返りはもうしない」

「………その返事は、微妙に此れからを心配させるんだけど………」

 宙返りだけじゃないんだぞ?っと視線に込めると。

 こくこく頷く鉄矢。

 素直すぎて、微妙にいやな予感がする。

「ところでアリサ」

「うん?」

「ジェットコースターって平気なほうか?」

 此処で迂闊にも大丈夫と答えた自分は間抜けだ。




 
 
 

*****************************



「はやいはやいはやいはやいはやいいいいぃぃ!!」

 アリサの悲鳴が木霊する。

「あ、あんた! 全然分かってないじゃない!! 怖いって、言ってるのにーー!!」

「ジェットコースター平気だって言ったじゃないか………」

「ジェットコースターより速いわよぉぉ!!」

 猛烈な風圧が全身を襲っている。

 滾る力が両足から伝わってくる。

 正直良く分からないが、やっぱりこの馬は普通じゃない。

 お尻はもう殆ど浮きっ放し、まるで重機のエンジンが真下にあるようだ。

 下を見れば、雲を裂きながら飛んでいる。

 通るもの全てを薙ぎ倒さんとでも言わんばかりの疾駆、人は勿論、車だろうがビルだろうが関係無いとばかりに駆け抜けていく。

「う、うーん。加減してるんだけど、これ以上遅くさせるのちょっと難しいかも」

「か、加減?!」

 これで?!

 この激走で?!

 まるで並足だと言わんばかりの言い草に、頭がクラクラする。

 って

「そ、そうよ。何か足りないと思ったら、鞍は?! 乗馬には普通必要でしょ?!」

「あー、鞍かー、そういや一番最初の頃に付けてみたけど、イクスの気分とか直乗りした方が分かり易いから外しちまったんだよなー」

 魔法があれば、安定性とかも特に問題ない。

 ならば人馬一体の境地を目指すべきだろう見たいなことを言う鉄矢。

「あんた一体何処の騎馬民族よぉ!!」

「ヴァンなんかにも似たような事言われたな、そういや」 

 実は、そのあたりに自分の出生を探る何かがあるのかも知れなかったが、鉄矢は気にしなかった。

 自分は彼ら、天道の息子であり跡を継ぐものでありたいと願う者。

 そして何時かは、俺こそが天の道を行くものであると胸を張る事を夢見ている者。

 それだけで良かったしそれ以外に必要なものは無かった。

 まあ、ジェットコースター並みのスピードでも怖いのなら仕方が無い。

「イクス、チョイ疲れるかもだけどフィールド頼む」

 首筋を一撫で、後は太ももの締め付けで意思を伝える。

 本来なら言葉は必要ない。

 騎乗した瞬間から、イクスの気持ちは全て理解できるし、イクスも俺の思いを感じ取ってくれる。

 でも、言葉をかけるのも、それに応えて貰うのも楽しいのだ。

 顔に掛かる風圧が減る。

 イクスは魔道生物、リンカーコアを持つ魔力を呼吸するが如く操る種族が一。

 鼻や耳等の感覚器官ならばガルム、巨重と怪力による破壊力ならばティガ、しかし魔力を操らせるならばこのイクスこそが鉄矢の召喚獣中最優である。

 約百頭のドラゴンを支配下に置いた今でも、イクスの魔力量は頭一つ抜きに出ているのだ。(なお、今の所子供である緋焔は何にも出来ない)

 まあ、だからこそ闇の書にリンカーコア蒐集とかされたのだが、イクスも漸く回復してきている。

 一週間掛からずに完全回復するなのはとかは化け物っぽいし。

「あとは、俺がジェットコースタ-っぽくロックすれば大丈夫じゃないか?」

 そうして今までよりも、深く、強くアリサを抱きしめる。

 背中も、頬に掛かる髪も、何気に密着したお尻も瑞々しく、しかしふわふわと柔らかい。

 酷く気持ちの良い感触である。

 何度でも言おう、天道鉄矢は少し変態だ。

「まだ怖いか? 此れ以下だと、走るって言うか歩く位になるけど?」

 流石に感想を言わないだけの常識を身に付けてはいる鉄矢である。

 身につけさせてくれたのは、しばらくお世話になったクイントさんだけど。

「み、耳元で喋らない。くすぐったいから」

「ん?」

 蚊の鳴くような声で少し聞き取りにくい。

「なんだ? ちょっと聞き取りにくい」

 ぐいとアリサの髪を掻き分けながら顔を前に出して、頬と頬が接触するくらいに耳を寄せる。

「くぅ………っ」

 む? 何やらうめき声。

 どうした?

 …………………おっと、もしかして抱きしめる力が強すぎたか?

 お腹圧し過ぎで苦しかったのか?

 むむむ、成るほど、ならば。

「分かった。胸を押さえればいいんだな?」

 ふにっ。

 すかすか。

 当然ながら、一緒にお風呂に入ったりなんだりで堪能したクイントさんの柔らかな物(ブツ)とは大違いの貧相な感覚。

 ゆえに鉄矢に恥ずかしいといった感触は全く無い。

 寧ろ掴み心地が悪いといった風情で、サワサワと遠慮なしに撫で摩る、それどころか鷲掴もうとするかのようにグイグイと●×▲■な真似をする。

「………がっ………」

 あれ?

 違ったか?

 お腹を押さえるんじゃなくて、胸にしてみたが、実際掴み心地が悪すぎるぜ。

 やられてるほうも、気持ち良くないのではないだろうか?

 しかし、お腹だと内臓が痛そうだし………。ぬーん。ん?

 アリサが震えている。もしや、胸でも強すぎだと?

「まさか、撫でる程度にしとけと? そいつは無理だぜ」

 頬が染まった。

 アリサの体がギチギチと震える。

 ギリギリと渾身の力が篭められて、首が回った。

 鼻と鼻がちょんとくっ付く。

 ちょっと、こそばゆい。と思った瞬間。

「がぶぶぅぅぅぅ!!!」

 ガツッ

 噛み砕くような音と共に鉄矢の鼻にアリサの綺麗に揃った健康そうな白い歯が突き刺さる。

「いっでぇぇぇぇぇぇ?!」

 理解不能な衝撃に、目の前に火花が散る。

 ば、馬鹿な?!

 何故こんな事に?!

 それ以前に百の竜共の顎を避けに避けたこの俺に、噛み付き攻撃を敢行するとは、アリサ・バニングス侮りが足しっ?! てか、イクスの上なんかで騒いだら、おおぉっと斜め斜め、斜めに傾いていくぞぉ?!

―――アリサよせ

 そんな言葉が喉の奥で凍る。

 カパッと再び開かれるアリサ・バニングスのお口。マウス。そして、整然と並んだ真っ白い凶器達。
 
「ふぅ」←諦めた
 
「がぶぅぅぅぅ!!!」←既に周りが見えていない

 イテーよ。これ。


 そして二人は落下した。




*****************************

 しゅごごごごご

 光あふれる太陽。

 暖かな空気。

 その空を奔る。 

 光り輝く海を切る。

 その姿は海上に顕れた戦闘機。

 海面を鮮やかに切っ先ながら奔る馬影に当然ながら二人は居た。

「そろそろ機嫌直せよ。裸見られてもOKな奴が胸触らせるのだめだなんて普通分かんないって」

「分かってよ!? それぐらい分かってよ?! もうっ、もうっ、もぉぉぉ!!」

「ぬぅ」

 ぽこぽこ殴られる。

 プリプリ怒るアリサの機嫌が直らない。

 あの後、空中で尚も噛み付き攻撃を止めないアリサの攻撃を甘んじて受けながら、ソリッドジャンプを起動させて又してもお姫様抱っこ。空中を駆け下りながら追いすがるイクスに飛び乗って、そのまま転移。

 流石に、あの距離だと雲の下に出た場合、凄い事になる可能性があるのだ。

 とは言え、突発的に同世界内転移を行ったためかなりの距離を飛んでしまったが………。良く分からないが、オーストラリア近くまで飛んでしまったらしい。既に朝なのだろう、太陽が昇っている。なお、朝なのかもしれないが超暑い。季節は夏である。

 ちなみに、その間アリサはずっとガブガブ鉄矢に噛み付いていたが、鉄矢はもう途中で諦めたので、痛いと思うよりチョコチョコ触れるアリサの唇の柔らかさを楽しむことにしていた。噛まれる事を除けば顔面全体にキスされているような物だ。

 超うれしい。

 何度でもっ、何度でも言うが天道鉄矢は結構変態だ。
 
「だいたい何処も膨らんでなかったし」

「あ、あたりまえでしょう?! まだ、九歳よ九歳!! これからバインバインになるんですからね!!」

「何で敬語? てかバインバイン(笑)って」

「ど、如何でも良いでしょッ! って、なにが(笑)よ!!」

 更にぽこぽこ。

 アリサとしては本気で殴ってるのかもしれないが、急所を殴られない限り撫でられる程度にしか感じない。

「分かった分かった。俺が揉んで………いや、撫でてバインバイン(笑)にしてやるから」

「何で言い直した?! それ以前に、もま、触らせないわよ!! そして(笑)止めなさい!!」

「そうか、揉めばでかくなるって聞くけど?」

「それは迷信。それにママは胸すっごく大きいし、あたしもでっかくなる予定なんだからね!」

「なるほど、それは楽しみだ。うんうん、実に楽しみだ。よし、揉むのはおっきく成るまで待とう」

「うん。って待っても揉ませないってば!!」

「マジで?」

「む、む~~。ぜ、絶対に駄目だからねっ」

 まさかそれがフラグになるとは夢にも思わないアリサであった。

「勝手にモノローグを書くなーー」

「むぐおぅ」

 打撃は効果が無いと見たか、口をぐいって抓られる。

 むぅ、割と利く。やるなアリサ。

「むぐぅ、おっはぃはほもはく、すこしはひへんはおっらか?」

「………少しはね」

 ぺいと指を外すと、意外に弾力性のある少年の頬はペチンと元に戻った。

「はぁ、おっかしいなぁ。こんな素敵な体験してるのに、どうしてこうグダグダ何だろう?」

「むぅ。おっぱい揉んだ、いや撫でたのがいけなかったか」

「まだ言うかこいつは」

 コイツめーっとグリグリと顔面ドリルを敢行。

 流石にヒラリと鉄矢が避けるとイクスもそれに応じて若干斜めになる。

 ザァッと足が水を切った。

 感じていた暑さが、さっと引いていく。
 
「あ、此れ気持ちいぃ」

 二人とも足の長さに差は無い(何せ二人とも実際のところ日本人ではないので、等身はそれに準じている)。
 
 水を切る涼やかな感触に陶然としてしまう。

 澄み渡る青空。

 空気は軽い。

 白翼の羽ばたく羽音が心地良い。

「その、別に楽しくないわけじゃないのよ?」

 鉄矢の胸に寄りかかりながらアリサは呟く。

 ドクッドクッと跳ねる心音が少しだけ強くなったように思えるのは自惚れなのだろうか。

 鉄矢の心の音を聞きながら見上げる顔は、複雑そうだった。

 実際、失礼なことはされてるし、嫌な思いをしている。

 この野郎と何度も思う。

 でも、この鉄矢が楽しんでもらおうと、喜んでもらおうとしている事だけは一度も消えずにずっと感じ続けている。

 悪気が無かったことだけは分かってあげられるのだ。

 まあ、それで全部許せるかと言うと別問題なんだけど。

「お願いだから、もう少し、頑張ってね?」

「うん? あ、ああ」

 伝わっただろうか?

 どうも伝わっていないような気もする。

 頑張って楽しませようとしているのはもう十分に分かってる。だから、頑張って欲しいのは別のこと、もう少しだけ、素直にさせて欲しいのだ。

 

「………ふむ」

 そしてアリサの懸念どおり全く分かっていない男は、何かもっと面白そうなことは無いかなーッと考えること暫し、ジッとイクスが切り裂く海面を見つめる。

 ………鉄矢の頭上で豆電球が光った。
 
「………ちょっと、面白いこと思いついた」

 鉄矢がニヤッと笑った。

 最早嫌な予感しかしないが、一応聞いて見るアリサであった。








「きゃあああああああああ!!」

 又してもアリサの悲鳴が響き渡る。

「オワッヒョォォォイイ!!」

 だが今回は鉄矢の奇声そして水を切る強い音も混ざっている。

「どうだ、このアイディア?! 最高じゃないないか?!」

「うん。うん。いけてるいけてる!! 最高!気持ち良い!!」

 二人はいま水の上を滑っていた。

 鉄矢はイクスの鬣を掴んで引っ張ってもらい、もう片方の手でアリサの手を引っ張っている。

 当然、イクスは並足だ。先程の様な疾駆をされては、俺は兎も角、アリサの手が抜けるだろう。

 無論、水を滑ると言う以上、二人が行っているのは簡易的な水上スキーだ。アリサならば後部だとしても未だに年齢制限が微妙なライン。

 水上スキー並みの速度に落としても、未だに体には厳しい。

 無論、これが可能なのは鉄矢がアリサの体を強化しているからだ。

 鉄矢が今行使している強化魔法はただの強化魔法ではない。

 本質的には同一の物だが、方式が従来の物とはやや異なる。

 この強化魔法こそあの竜穴での修行で鉄矢が唯一習得した魔法だ。

 派手さは無い。強力でもない。

 しかし、非常に面白い特性が幾つかある。

 鉄矢自身も全てを把握している訳ではないが、この強化魔法の特性の一つは他者の強化にも用いられると言うことだ。

 他者を強化することは初めてだが、何故か出来ると確信していた。

 そしてその強化比率は鉄矢の好意的な感情に左右される事も、好意を抱いた相手しか強化は出来ないが、その強化比率は従来の物よりも非常に高い事も誰に言われることなく把握している。

 本来は難易度の高い他者強化を自己強化の術式を変更せずに使用可能な所も含めて、使える事が頭に浮かんだ。

 恐らく、自分の体のどこかに眠るSUNの記憶が刺激されたからだろう。
 
 そんなこんなで、二人は水上スキーの真っ最中。

 実に楽しい。

 これはアリサにしても初体験だ。

 水を切る足の感触、風を全身に受ける勢い、飛ぶ様に走る自身の体が最高に心地良かった。

 まるで、水の上でダンスでも踊るように添えられた腕。

 ステップを踏むに様に弾ける水しぶき。

 断言しよう。

 今後、普通の人生を送った所で、決して得ることの出来ない感覚であると。

「あはははははっ!! これも最ッ高ぅッ!!」

「うぉっとと、馬鹿っ手は離すなよ! このスピードで海面にぶつかったら、凄い事に成るぞ?!」

 うんと言いながら、先程までの膨れっ面が一転、眩いばかりの弾ける笑顔を浮かべてくれている。

 良かったと、鉄矢は心から微笑んだ。

 ようやく笑みを浮かべさせることができた。

 人の心の機微に疎い自分が人を笑顔にさせることは非常に難しいと痛感させられる。

 その笑顔が嬉しかった。

 その笑い声が傷を癒してくれるようだった。

 甘やかな、痒みを伴う心地。

 瞬間、浮遊する気持ちが、戦う理由を忘れさせた。


 あれ? 俺って何であいつらを殺すんだっけ?


 と

 殺意を向けられる側としては堪った物では無いかもしれない。

 鉄矢自身もそれに同意する。

 だが、このアリサの笑顔に触れて全てが消失していた。

 今起こっている現状に満足していると、鉄矢の中から全ての廃絶心が消えていく。

 自分が癒されているという実感を持って、鉄矢は初めて自分が傷ついていた事を知った。

 それは肉体の問題ではない。

 肉体ならば常に傷つき続けてきた。

 ならば、知らぬ間に傷ついていたのは精神だとでも言うのか。

 何時、何処で、誰に、何に、傷つけられたのか、何よりも自分の心に対する感性を失する少年には分からない。

 無論、想像は出来るのだが、自らの心に鈍感であろうとした時間が長すぎて、正確なところが不明瞭なのだ。

 
 しかし、見てみぬ振りをし続けながらも、確かにあった傷が消えていく。


―――ああ、そうか

 
 笑みを浮かべる。

 その笑みと共に思い浮かばされる光景がある。

 誰かに漆黒の獅子だと言われた。

 不幸を貪り食らって強くなる薄汚い獣だと、それが貴方なのだと言われた。

 そうか、きっと君がそう言うならそうなのだろう。

 でも、何故そうなったのか、何故そういう形になったのか、君は微笑みに隠して言わなかった。

 それが今理解できる。

 光あれ―――それこそが、俺自身の魔法の言葉。

 そうだ。

 その微笑を此処に、その笑顔こそが俺を照らす輝きで、その輝きを守りたいと願って、その輝きを汚す者を打ち砕く。

 そうだ、それこそが、その道こそが俺の、俺自身の天の道だった。

 確かに、緋焔の復讐をしたいと言う気持ちはある。

 緋焔の笑みを取り戻したいと願っている。

 そして、緋焔の笑顔を汚した奴等を打ち砕いてやりたいとも願っていた。

 だけど、忘れていた。

 あまりの強敵に、甚大な敗戦に、常軌を逸した修練に、何時の間にか、何故そう思っていたのかを忘れていた。

 そうだ、理由を忘れたまま怒りに滾っていた。

 殺すと殺意を研いでいた。

 それらの行為全てが、俺自身を傷つけていた。

 そして今、特になんでもない一幕。

 大好きな人の笑顔が、俺の心を癒し、真実を取り戻してくれた。


「ねぇ、島よ。島があるわッ」

 弾んだアリサの声にハッと己が思考から浮上する。

 そうだ、今は自分の心なんて如何でも良い。

 傷つくならば傷つけば良い。

 癒えて行くならばそれで良い。

 叶えたい夢。叶えるべき志の為ならば幾らでも耐えられるし、幾らでも鈍感でいられる。

 俺には俺の真実がある。

 きっと、あいつらにも同様にあるのかもしれない。

 そのぶつかり合いで、確かに苦しいけれど、胸に押さえ込んでた迷いも消えていく。

 涙が出そうなほどに、心が癒えていく感触が愛おしかった。

 だから、戦える。その結果、誰かを泣かせて、誰かに恨まれることになってしまったとしても。

 何時の日か後悔をするのかもしれない。

 こんな生き方をするんじゃなかったと泣く日が来るのかもしれない。

 それでも、いまこの胸にある真実だけはきっと永遠に変わらない。


 俺は、大好きな人の笑顔を愛している。

 俺はその輝きを守りたい。

 そして、その輝きを汚す者を許さない。


 だから、鉄矢は泣き笑うような表情を浮かべている。

 鉄矢本人が普通に笑っているつもりだからこそ、その表情は滑稽だった。

 その滑稽な笑みをアリサは様々と見せ付けられた。

 耐えて、耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐え続けてきた男が漏らした微かな感情の発露。

 それをアリサが如何思ったかは鉄矢には最後の瞬間まで分からない。

「ああ、島だ。行こうか?」

「うん。行こう。あそこは、きっと、もっと楽しいはずだから」

 鉄矢が微笑む。その笑みが真夏のような強い日差しに陰っていく。

 その無人の孤島で二人は思う存分遊び呆けた。

 水着が無いため、鉄矢がアリサを引ん剥いたり、アリサが鉄矢を引っかいたり

 何故か居た鰐に襲われ掛けたり、色々あったがこの日の思い出は二人の心に強く刻まれた。

 

 故に、アリサが放った最後の質問に鉄矢は惑う事無く答えた。



「鉄矢は、魔法を使って何をするの?」


「勿論、今はアリサの笑顔を守るために使うんだよ」







 あとがき


 おかしいなー

 唯単に、アリサと鉄矢が程々にイチャイチャする話を書きたかっただけなのに何でこんなに時間が掛かったんだろう?

 そして、やっぱり内容が、うーむ。初期の構想となんか違う。

 そして次回予告をしますと【天道鉄矢の空恐ろしく長い一日(―フェイト編―)】となります。

 このペースで行くと、全員分終わるまでに一体何時までかかるのだろうと恐怖が………。


 ちなみに空腹の脳内設定ですと、もしくっ付くとしたらアリサは鉄矢をきっと誰よりも幸せにしてくれるだろう相手で、アリサにとっての鉄矢は不完全で、駄目駄目な所も多いけれど、それでも彼女にとっての白馬の王子様的な存在なのでスター。

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No title

更新おめでとうございます!
アンド1コメゲット!
以前コメントしてからも数日に一回くらい覗いてました。
今後も応援してます。

アリサマジヒロイン。鉄矢マジ無自覚エロ。そんなかんじでした。
面白かったです。

No title

更新おつかれさまっす!
首長くして待っていました。

鉄矢は相変わらずのフラグメイカー。
アリサまだ小学生だよね?子供のころにこんな白馬の王子様いたらイチコロじゃないっすか!攻略完了じゃないですか!

今回はニヤニヤしながら見させていただきました。
あとがきにもあった、次回のイチャイチャも期待しています。
それではおつかれさまでした!

No title

更新復活うれしいです!
何話か遡るだけで2010年とか出てきて時間が進む早さを確認させられました><

感想としてはもうこれアリサ普通の恋できないよねって思いました!
おそらく子供だからこその純粋な感動も合わさってこれ以上ってもうないんじゃないかと思うわけですよ

アリサ編の短編が思っていた以上に期待通りだったので次も期待して待ってます
お体に気をつけて執筆お願いします!
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